自殺・・・他殺・・・?近所で起こった出来事と人生と生き方を考えた

 一昨日の晩のことです。

私は、いつものように車で帰宅した時です。
3軒隣の家の周りに、たくさん車が停まっていました。
停まっている車の中には、パトカーも2台ありました。
田舎でのできごとです。
事件が起こったのは間違いありません。
一体何が起こったのかな?
って思って帰宅しました。
自殺、でした。首吊りをして亡くなられたのです。
実は、私は過去において非常にネガティブな時期があり、
人生にも、自分の生き方にも、自分の存在にも自信も意味も見い出せず、
自殺願望を抱いている時がありました。
その時、完全自殺マニュアルという本も読みました。
一時期話題になった本です。
その時のことがあるので、
自殺願望とか、人生や生き方についての、
無価値観みたいなのは、よくわかります。
私は、自殺肯定派ではありません。
でも、否定派でもありません。
自殺された方は、最善の選択としてその道を歩んだのです。
それは尊重すべきと思います。
でも、言いたいことは、
原因は何なのか?ということです。
職場の人間関係が・・・
うつ状態にあったから・・・
人生に絶望して・・・
大切な人を失って・・・
すべて原因の一つとして可能性はあるでしょう。
でも、なぜ、そのような状態になったのでしょうか?
一見上記の状況をもって自殺の原因とする向きがありますが、
私は、そのことと、自殺の因果関係を考えることができません。
なぜなら、上記のこと→自殺、関係ないからです。
上記のことが起こった結果、何かしらの原因で自分の命を否定、
→自殺をするという選択に至るわけです。
直接な因果関係というのは、自分の命を否定すること、
人生や、自分の生き方を否定するところにあるはずです。
で、自分を否定する何かとは何でしょうか?
上記のさまざまな外的要因なんでしょうか?
私は、外的要因でないと考えます。
実は、もっと根っこは深いところにあります。
たまたま、外的要因は近い過去における、
自殺の衝動へと導いた可能性はありますが、
多かれ少なかれ感じる上記の外的環境によって、
自殺する人は少ないのが現状です。
では、一体なんでしょうか?
それは、自己肯定感の欠如と思います。
自己肯定感をつくるのは、親の仕事です。
幼少期にどれだけ親に受け入れられたか。
そのありのままの生命をどれだけ肯定されたか。
そこを基盤に作られていくものです。
遅くとも、10歳までに思いっきり感じさせてあげなくては
将来を左右するほど大きな影響を及ぼすものです。
すべての始まりは、
受け入れられることから始まるのです。
お子さんがある方は、今から子供さんの命を思いっきり、
思いっきり、無条件に、承認してください。
徹底的にです。
間違っても、条件をつけてはいけません。
成績よいから受け入れる、
良い子にしているから受け入れる、
悪いことしたから無視する、
大切なことをいいます。

成績悪かったっていいんです。

良い子でなくていいんです。

悪いことしたっていいんです。
でも、
自分のことだけは大切にする子を育ててください。

自分の幸せを選択出来る子を育ててください。

自分自身の求める人生を選択できる子を育ててください。


目先どんなことが起こっても、
不良になろうが、問題児になろうが、
進学に挫折しようが、成功しようが、
全く関係ありません。
自分を大切にできるこは、
最後は必ず幸せな道を探し出せます。
幸せな人生は与えられるものではありません。
自分で選択するものなのです。
だから、親にとって大切なことは、
子供にお金を残すことではありません。
将来の安定した仕事を見つけることでもありません。
自分の幸せな人生を選択する心を作ってあげることです。
自殺された方のご冥福を心よりお祈り致します。
悲劇が少しでも減りますことを祈念しています。

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