現象に囚われない生き方|人生における事実について

 生きていると目の前に起こっているできごとや現実が、あたかも「事実であること」のように錯覚してしまい、そのこと=現象に支配されて、とらわれてしまうことがよくあります。

これは非常に大きな過ちであり、多大なる損害を被る危険性があります。
このブログを全体的に見ていただけるとわかりますが、今目の前に起こっている現実というものは、それほど大きな意味がないのが真実です。
これは、存在というものは「時間」によって成立するという観点から考えると・・・。
今は「今」でしかなく、大きな人生という流れの中にあっては、ただひとつの点、一瞬でしかないということから、そこにとらわれるのではなく、これから先長い人生をよりよくするために、今選択できる最善の考え方・行動を選ぶことこそが大切であり、人生をよりよい気分で生きることができるということがいえます。
つまり、私たちが生きる目的というのは、究極に端的に言うと「幸せにいきること」であり、幸せは感情であるということがいえるから、「幸せ感」を感じて生きていられる時間を長くすることが大切であるということが言えると思うわけです。
仮に今とても辛い状況であったとしても、次の瞬間以降の人生においてより「幸せ感」を長く感じて生きていくためにその辛い状況があるのだとしたら、その先の膨大な幸せな時間を今の辛い状況によって作るわけなので、ある面投資ということが言えるわけです。
ただ、今だけがよければそれでよいというのもひとつの選択でしょうし、今がよいのであれば、それはそれでかまわないのですが、人生長く生きていくと必ずしもよいときばかりではなく、悪いときはやってくるわけです。(※ここでいうよい悪いというのは、「いわゆるよい悪い」であって、決して人生で経験することは、すべてよいとも悪いとも意味づけできるものではなく、これらは、すべて個人的な意味づけに過ぎないということができます。)
そういったよいときに、いまがよければそれでよいと考えて行動を選択していって、悪いときにそれ相応な対処ができればよいのですが、目先の今がよければそれでよいという考え方の根本は目の前の現象に支配されていることを意味しているため、悪い状況にもまた支配されてしまうわけです。
そうすると悪いときに、目先の状況を改善するために、誤った選択をする可能性が高まり、結果的により悪い状況に陥ったりしてしまうわけです。そうなれば、今がよければそれでよいはずなのに、人生トータルで考えると、「よい今」が結果的に少なくなってしまい、今がよければすべてよいはずなのに、その今がよいわけではなくなってしまうわけです。(過去も今も未来も誰しもが存在できるのは今であるため、人生の長い時間は常に今の積み重ねでできているため、どの瞬間も必ず今というタイミングだということがいえると思います。)
だから、目先の現象にとらわれず、学び続けて、より自分の望む人生を築いていくためには、どう選択すればよいのかということを考えて、行動していく行き方が大切になると思うのです。
とても哲学的で抽象的に感じるかもしれませんが、いいたいことは非常にシンプルにただ一つだけです。どんなときも常に幸せに生きるために、目の前の状況にかかわらず自分らしく自分に正直にあろうということです。
とてもシンプルなことですが、これがなかなか難しいんですね・・・。
人間は、物質的な存在であり、精神的な存在でもありますが、基本的にはこのようにカタチある存在のように見えるわけなので、粒子からできていると考えられます。粒子は細かくしていくと素粒子の状態では、単なるエネルギーなわけです。では、エネルギーとは何かというと「波」だというわけです。そう考えるとわれわれの存在自体が波である以上、人生自体に波があるのは間違いのないことですが、逆に私たちは波そのものでもあるので、その波をある程度コントロールしていくことができるのではないかと思うわけです。
ということで、長くなりましたので、このあたりのことは、日を改めて書きたいと思います。

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