違いを許容することができる生き方|人生のキモ

 違いを許容できる生き方

世の中には、ものすごくたくさんの人が生きて生活しています。
その中であなたと出会うことができる人って果たしてどれだけいるでしょうか?
きっと、ほんの数パーセントくらいだと思います。
そのものすごくたくさんいる人は、すべての人がまったく違った環境で育ち、まったく違った人生をその年齢まで生きてきて、まったく違った経験を積んで独自の価値観・生き方を作り上げてきました。
だから、だれかと価値観を共有することって、とても簡単なようですごく難しい局面もあるのは間違いありません。なぜなら、価値観といっても非常にいろいろな側面があるからです。抽象性という側面や、多面性という側面と立体的なものだと思います。そういう意味では、完全にすべての点において価値観を共有できる人なんてのはいないのが現実的なところでしょう。
一方で、根本的な価値観というものがあります。
根本的で抽象的な価値観があって(理念のようなもの)、その根本的な価値観をより具体化していくのに従ってさまざまな分野に多面的に広がっていくもの。
そこを共有することは、仕事におけるパートナーシップや結婚生活においては、とても大切なことになると思います。
また逆に、異なる価値観を許容できることもとても大切なことだと思います。
なぜなら、社会が異なる価値観の総和として発展していったことを考えると、その多様性故に進歩発達していくからです。
また、アチーブメントの青木社長曰くは、「成長とは価値観の肯定的変化」のことを意味するという点から考えてもとても多様性と多様性を許容することは大切なことだと思います。
ただし、受け入れられない価値観があったってよいと思います。
どうしても許容できないことだってあったってよいと思います。
それがあなたの価値観だから。
あなたの価値観に激しく対立する価値観を受け入れられないということは、その価値観を否定するのとは違います。
否定して戦う必要はありません。
相反する価値観があるってことだけ認めていればよいのだと思います。決してその価値観を否定する必要はありません。またあなたの価値観が否定される必要もありません。
逆にその異なる価値観に迎合する必要もありません。深く入り込む必要もありません。
ただ、受け入れていればよいのではないかと思います。
ただ、それ、だというだけのことだと思います。
「違い」と「間違い」は異なることだからです。
だから、知っていて欲しいと思うのは、世の中には本当にたくさんの人がいて、その人の数だけ価値観があって、それぞれが固有の価値を持っていて、そのどれもが代え難いものだけれど、それは等しくあなたの価値観にも言えることだということです。
だから、批判する必要はないし、批判される必要もない。
ただ許容できること。それが器と言えるのではないでしょうか?
それが、生き方の根底にあるのではないでしょうか?

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