自然の理に生きるという生き方

 自然の理に生きる生き方
今日は、私の目指している生き方を紹介します。
まだ、完全にできているわけではなくて、これからどんどん理想に近いカタチを作っていけたらと思っています。
2012年4月に島根県の沖合約60キロに浮かぶ隠岐の島にUターンしてきました。
とても小さな島で、美しい自然景観と長い歴史、人情が豊かなノンビリした島です。街にコンビニもなければ、吉野家やマック、ファミレスなどもありません。
でも、ドラッグストアやホームセンター、スーパーはあります。
インターネットも普及して随分と便利になりましたが、船が欠航したら新聞や物資が届かなくなるし、新聞が昼に来るし、本土へのアクセスも非常に悪く、ネットショッピングで注文してもほとんど離島として特別送料が加算されたりと、いろいろと不便なところもあります。
でも、島に帰ってから毎日家族で夕食を摂れるようになりました。
東京に居たときは、週一回休みの日くらいしかいっしょに摂れなかったことを考えるとなんて素晴らしくて贅沢なことかなって思います。
主な産業は、第三次産業で所得はものすごく低いです。
経済的には、とても豊かとは言えない島ですが、近所の漁師さんがたくさんとれたカニや魚介やわかめなど海産物をくれたり、山や畑でとれたものをおすそ分けしてくれたりします。
飲み会などがあって、ご馳走がたくさん残ったときは、必ず折が出てきて主婦の皆さんたちはそれを持って帰って翌日の食事に当てたりもします。
通勤時間は、ほとんどの人が10分以内です。
電車はありませんが、一家に一台以上は自家用車(ほとんど軽自動車)を所有しており、自家用車で通勤します。
渋滞は皆無です。
信号は数箇所ありますが、仮に赤信号でもすぐ青になるのでストレスはありません。
田舎に住んでいる人は、都会に憧れがちです。
都会に住んでいる人は、田舎に憧れがちです。
私は田舎も都会も生活しました。
どっちもよいところがあれば、悪いところもあります。
つまり、どこで暮らしても完璧なところはないということです。
そして、よい悪いとはいう基準は唯一あなたの中にあります。
まさに、人生に何を望んでいるか、で生活場所や環境も選択することが重要だと思います。都会のライフスタイルを求めるのか、田舎のライフスタイルを求めるのか。
隠岐は、田舎の中でもさらに田舎の特徴をよく表しています。
離島だからです。
外界と海を隔てて隔離されているからです。
だから、文化や風習も非常に個性が豊かでとても面白いです。
よい人にとってはとっても良いし、悪い人にとってはとっても悪いのだと思います。
でも、私は島に帰ってきてよかったと思っています。
なぜなら、私の求める人生、生き方を追求できる環境を得たからです。
これからもたくさん壁や障害にぶつかると思いますが、それでも必ず乗り越えて私が望む人生を手に入れていきたいと思います。
それで私の求める人生って何かっていうと、究極大切なものを大切な順番に大切にしていける人生であり、生き方です。大切にするっていうのは優先順位であり、時間の使い方です。大切にするっていうのは、その大切な存在の生命の伸張のために、よりよい選択をしていくことです。そこを根底に新しい人生を構築しているところです。
とても大切な存在の息子と毎日食事を摂れる環境を得て、大切なパートナーと出会い、共に力を併せて理想的な環境を整備していくことにあります。
それは自然の理に則した生き方です。
自然に溶け込んだ生活をしていくことです。
また詳細は改めて書こうと思いますが、化学物質まみれの洗剤は極力使わず、できるだけナチュラルなものを使っています。できるだけ地産地消を心がけて、私たちが生きる島のパーワーを栄養素として蓄えた食事を選択しています。古い家ですが、ほぼ外気と同じ気温の室内で、身体によい素材の寝具で眠り、日の出とともに起きて夜は早めに眠ります。
1時15分着の電車で返ってくるようなことはありません。
そのころには、当時とっていた睡眠と同じくらいの睡眠時間をとってしまっています。
私のミッションは、そういう生き方を整備して、隠岐から日本へ、隠岐から世界へ夢と希望として発信していくことです。そうして共感してくれた人たちが安心して移住してくれる環境をつくることです。
あなたは何を求めているのでしょう?
どんなライフスタイルや生き方を求めているのでしょう?
いつだってどこからだって、スタートすることができます。
まずは、願望を明確にすることから始めてください。

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