人生の生き方|目先の苦痛から逃げるのではない。

苦痛か逃げるわけではない生き方

 

求める人生を実現することを命題とする生き方で、多くの人が疑問に思う点として下記の5つの項目をあげました。その中で今回は、3.目先の苦痛から逃げたらよいのかというところ。について取り上げたいと思います。
  1. 本当に好きなことをやりながら生活していけるのかということ。
  2. 好きなことをやって生きることと、怠惰な生活の違いは何かということ。
  3. 目先の苦痛から逃げたらよいのかというところ。
  4. 目的や夢がない人はどうしたらよいかということ。
  5. 自分に向いた人生生き方は何かということ。
そんなに好きなことばかりして生きていけるのなら、きっと目先の苦痛をもたらすことから逃げる、あるいは目を背けて放置することだって構わないのですか?と聞かれることがあります。
ここまで続けて読んでくださったのなら、もうお気づきだと思います。
大切なことは、目先のその出来事が苦痛なのか苦痛ではないのか、それを乗り越えるのかそこから逃げだすのか、なのではなく、その出来事があなたの願望を実現するために、あなたの夢を叶えるために直接的、間接的に大切かどうかだということだと思います。
逆にあなたの自己実現のために大切なことであるのならば、きっとどれだけ苦痛なことであっても、成し遂げようと思うと思います。
その求める心が強いほど、苦痛な度合いが強くても乗り越えていけると思います。
つまり求める強さが、許容できる苦痛の度合いで、その強さが実現する度合いでもあるのではないでしょうか?(注意すべき点は、あくまでも苦痛を乗り越えられるキャパシティの問題で、苦痛を味合うことが自己実現につながるという意味ではありません。求める人生や生き方を追求することは、苦痛体験を伴うことだというのは、嘘です。ただ、仮に苦労するような過酷な体験があったとしても、乗り越えることができるよ、っていうだけのことです。)
「直接的、間接的に大切かどうか」ということは、こういう基準で考えていっていただけたらと思います。
  1. あなたの求める人生と願望を実現するために、役に立つであろうこと、
  2. あなたの求める人生と願望を実現するために、役に立つ生き方を選択できる人格の成長のために役立つであろうこと、
  3. あなたの求める人生と願望を実現するために、役に立つ環境を獲られるために役立つであろうこと。
例えば、人を大切にするということは、とても大切なことです。
上記の2.3.を満たすことです。
これは究極あなたの人生と願望を実現するためにかもしれないけれど、そこに私心があってはいけないといこと=つまり直接的なリターンを求めてすることではない、ということです。
「大きくあなたの人生に貢献する」のであって、ひとつの「人を大切にする行動の選択」をもって、その見返りを求めて行動するようなことがあっては、つまらないし意味がないことになってしまうからです。
それは、上記の1.から3.のどれも満たさないことだろうからです。
一方で目先の苦痛から逃げたってよいとも思います。
それはそれなりの価値があるからです。
なぜなら、どうしても乗り越えられないときだって人生にはあるからです。
でも、その分だけ自分が本当に求める人生と願望を実現することから遠ざかってしまうことだってありますが、それはそれで仕方ないことだし、完璧を捨てて人生を楽しく生きるという生き方も時には必要だと思います。
だって、壁にぶつかって打ちひしがれて

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