どれだけ絞ることができるか|人生において大切となる生き方

 人生で使える時間は限られている。

人間は何も条件がなければ概ね120年くらいが本来の寿命と言われている。
その中で私たちが主体的な意志を持って使うことができるのは、せいぜい半分くらいなものが関の山だろう。
幼児期はまだ生育が十分でないために主体的な判断を下し、主体的な行動を選択することはできないし、老齢になると身体を自由に活動させることが難しくなる。
ストレスやさまざまな化学物質の影響で100パーセント生きて120歳と言われる寿命ももう少しは短いのが通常だろう。
そう考えると、60年程度が妥当と考えてよいだろう。
このブログを読んでくれている方が30歳だとしたら、あとわずか30年か40年しか、自由にあなたが主体的な意志をもって行動することができる時間は残されていないだろう。
その中で人生とは限られた時間をどう生きるかということで、その時間・一瞬一瞬を何に使っていくかということが生き方だということを書いた。
先に書いたとおり、人生に残された時間は限られている。
その限られた時間をどう使うか!
何のために誰のために何をして時を刻んでいくのか!
あれもこれもやっている時間なんてない。
思っているほど、あなたには時間が残されていないのだ。
ましてや事故や病気といった人生を縮めてしまうようなリスクにさらされている現代社会にあって、あなたはもしかしたら明日人生の幕を閉じてしまいかねないのだ。
であるならば、あなたは今という時を何に使うだろうか?
今、どう生きる選択していくだろうか?
どんな生き方をあなたは選んで、自分の生命を伸張させるだろうか?
したくもないことをし続けることがあなたの人生だろうか?
いっしょに居たくもない人と時間を共有することがあなたの生き方だろうか?
断れなくて付き合いで何かをしていくことがあなたの一生だろうか?
明日あなたは命を落とすことだってあるんだ。
絶対に明日があなたにくるという暗黙の前提であなたは生きていやしないだろうか?
まさか明日あなたを死が迎えにくることがあるとは到底思えないのではないだろうか?
だから漫然と毎日を過ごして、消費してしまっているのではないだろうか?
い ま だ 。

大切なことは、今、だ。
過去は物語だ。
もはや過去は過去であってすでに現実のものではない。
過去にどれだけ偉業を成し遂げたとしてもそれはもう虚像だ。
過去にどれだけ悲惨な人生を送っていたとしてもそれは虚像だ。
だからあなたは過去に支配されずに、今を生きなければならない。
未来は物語だ。
まだ来てもしない、来るかどうかもわからないものであって現実ではない。
未来にどれだけ偉業を成し遂げようとも、それは今は虚像だ。
未来にどれだけ過酷な体験をしようとも、それは今は虚像だ。
だけれど、未来は今の考え方と行動の選択で、あなたの望むように作り出すことができる。
あなたは何ものにもとらわれることなく、未来を思い描き、未来を好きなように作り出すことができる。
それが、未来だ。
そうして、その種が「今」だ。
今しかない。
今何を考えて何をするかということしか現実はない。
そんなにあなたに限られた時間はない。
だったら、あなたは何をこの人生で選択するだろうか。
あなたは何を基準に生き方を決めていくだろうか。
今取り組むことを選択しよう。
あなたの人生をあなたらしく、あなたの持って生まれて生命を100パーセント輝いたものにするために、あなたの願望を実現させていくために、今という唯一真なる生命を使って生きていこう。
明日できることだったら今日できる。
来年できることだったら今年できる。
10年後にできることだって今年できるかもしれない。
あなたは願望を実現したものとして生きることができる。
あなたの夢や目的や目標は必ず実現する。
だったらすでに実現しているものとして、今を生きてみよう。
すでに叶っていると思い込んで生きてみよう。
何を選択するか。
本当に心から望んでいることは何なのか。
しっかりと自分に問いかけて、ピンポイントで「今」それを為して生きていこう。



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