人生を都合のよい人ではなく、いい人で生きる生き方

 都合のよい人になっていませんか?

いい人だねって言われて、その実都合のよい人になっていませんか?
いい人は損するっていい人であり続ける生き方を諦めていませんか?
いい人であることと、都合のよい人であることは、
同じようで全く異なることです。
いい人っていうのは、私が定義しているのは、
人のためになる行動や言動を選択する、愛を根底に生きる人を指します。
当然自分を愛していて、自分と大切な人を大切にしていきます。
周りの人と心でつながって、本当の信頼関係を築いていきます。
結果、たくさんの人からの力を借りることができるようになります。
都合のよい人っていうのは、一見人のためになるような行動や言動を選択しているように
見えることがありますが、ただ周囲の人に合わせるだけで、
自分を犠牲にして周りの人の思惑に沿って生きている人を指します。
根底にあるのは愛ではなくて、打算です。
結果、周りの人から大切にされるように見えて、利用されているだけとなります。
つまり、根底が何かということだと思います。
根底が愛なのか、根底が打算なのか。
なので、まったく「いい人」と「都合のいい人」っていうのは、
同じようでまったく異なる、むしろ対義することなのです。
私は「いい人」であろうと思っています。
他の誰かと意見が違っても、私は否定しません。
だれかに批判されても意見の違いであれば、気にせずに受け流します。
私にとって重要なことは誰がなんといっても修正しませんが、
重要でないことだったら合わせることもあります。
良好な人間関係は大切だからです。
でも、譲らないことは譲りません。
なぜなら、人間関係よりもまずは自分を大切にしているからです。
自分のために人間関係は大切なのであって、
人間関係のために自分を犠牲にするのは打算だと思います。
一見利己的に思えるかもしれませんが、実は逆です。
その考え方は利他的だと思います。
自分を犠牲にするということは、一見利他的に見えますが、
自分を大切にできないということは、他人も大切にすることはできません。
なぜなら、他人だって他人からすれば自分だからです。
だから、自分を大切にしないということは、利己的です。
自分を犠牲にして人間関係を良好にするということは、
自分を大切にしない生き方です。
あなたの自分を犠牲にする姿を見せることは他の人にとってよくないからです。
他の人があなたに何か頼みごとすれば、自分を犠牲にしてもやってくれるので、
あなたになんでもいえばいいやって思っていしまうのです。
その人の中に依存心を作ってしまいます。
そういう理由で、自己犠牲は、決して利他の心ではありません。
他人のためではなく、他者との軋轢から自分を守る利己的な行為と言えるでしょう。
でも周囲の人は、都合のよい人のことを「いい人」だっていうでしょう。
それで褒められているように思うかもしれないけれど、
決してそれは、褒め言葉ではない。
周りの人は褒めているつもりだと思うけれど、それはよいことではない。
いっぽうで、「いい人」はときとして、
周りの人から「自分勝手」とか「協調性がない」とか「強情」だとか、
批判されることがあるでしょう。
でも、批判されて否定されるかもしれないけれど、
それは真実の生き方だと思う。
利他的であればあるほど、
自分自身であればあるほど、
人の役に立つ愛の人であればあるほど、
時として周りから批判されることだってあるでしょう。
なぜなら、周りの人が常に正しいわけではないから。
正しさというのは、それぞれの心の中にあるもので、
決して普遍的な何かではないから。
それぞれの正しさは違うもので他の人に押し付けられるものではないから。
唯一あなたがあなたの正しさを生きることのみが大切なことだから。
つまり周りの人の正しさを生きるということは、
もしその正しさがあなたの正しさと異なるのであれば、
それは、嘘としかいいようがないのではないでしょうか?
都合のよい人になるのではなく、いい人になって生きていこう。

2 Responses to “人生を都合のよい人ではなく、いい人で生きる生き方”

  1. より:

    いい人になりたくても
    生活していく為には都合の良い人に
    ならざるおえないこともあります。
    好きで犠牲になんかなりたくないです。
    それが嘘だのなんだのって。
    あなたも未成年や学生のように、
    何もしないで、知らないで
    人任せにして自由に生きて来た人
    なんでしょうね。
    まぁ男の人っていつまでもそうですよね。
    否定とかそういう問題じゃないです。
    自分勝手だと怒られていじけた
    子供のようですね。
    とても不愉快ですので
    偉そうにこういう事語らないでください。

  2. しんさん より:

    みさん
    コメントありがとうございます。
    おっしゃるとおり、好きで犠牲になんかなりたくてなっている人はいないのかもしれません。
    でも、それも含めて、自分の選択だと思います。
    「生活のために」「しなくてはいけない」という条件付けが前提にあるので、それを受け入れるという選択です。
    不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
    私は私で思っていることをブログにつづっていますので、以後お立ち寄りになられないことをおすすめします。
    おそらくさらに不快な思いをされることも多いと思いますので・・・。
    仮に不快であっても、興味が沸くというのであれば、もしかしたら、パラダイムを突破するヒントを得ていただくこともあるかもしれませんので、その場合はぜひ、お読みになられてください。
    貴重なご意見ありがとうございます。

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

サブコンテンツ

このページの先頭へ