どこに焦点を合わせて人生を生きるか|成長するという生き方

 昨日は少し突飛押しもない話で困惑された方もあったかもしれない。

もし、昨日の話がすんなりと受け入れることができない方があったら、
今日お伝えする内容を少し注意深く見て頂けたらと思う。
根底にあるもの、科学を超えた観点からすると同じことが言えると思うけれど、
今日お伝えする内容のほうが少し心に入ってきやすいと思う。
それは、人生を見るときに何に焦点を当てて生きていくかということだ。
いつもお伝えしているように、人生はあなたが求めているものを
実現していく過程で人格の成長をさせていくことが人生の目的だと思う。
つまり、生命を伸張させることであり、人格を形成していくということだ。
そう考えたときに、日々何を見て何を捉えて何を考えるかということが重要になる。
願望を成就していくことで、人格が成長していくのだけれど、
焦点が願望を成就することのみに偏ったらどうだろうか?
願望が成就するか否かは、結果だ。
なぜそれを実現していくかというと、当然それを求めているからなのだけれど、
その過程で人格を成長させていくことが目的なのだということを思い出して欲しい。
ところが願望を成就させるという結果のみに焦点があたってしまったならば、
成就できていないときには、ひどく落ち込むことがあるかもしれない。
それは思ったように求める結果を手に入れられない「過程」にあるからだ。
つまり、もっとも人格が成長しているタイミング、
求めてそれを手に入れるための通過点として挫折しているタイミング、
そこで人は心が折れてしまうことが多いように思う。
でも、それでもなお、その挫折を乗り越えて、
求めるものを諦めずに求め続けて、手に入れることにこそ、
成長の種が隠れているのだと思う。
そのときの焦点がどこにあるのかということだ。
落ち込んでいるときに、思うようにならない現実という結果に焦点を当てるのではなく、
思うようにならない現実という挫折を乗り越える経験を通して、
人格が成長している過程にあるのだというところ、
つまり、人生を大きくマクロに見て、
成長している過程にあるところに焦点をあてることが大切だと思う。
なぜならやはり真の目的は、人格の成長そのものだろうから。
短期的に見れば、ある面結果というのは、時の運といった要素もある。
ただし、長い目で見たならば、諦めない限り願望が成就されないという結果はない。
あくまでも、達成されない結果といのは、
そのときの一時の結果であって、長い目で見れば過程でしかないからだ。
マクロな目で人生をみてほしい。
どんな辛いことだって、どんな悲しいことだって、
どんな大変なことだって、どんな苦しいことだって、
それは今という点においては結果かもしれないが、
人生という長い目で見ていけばあくまでもそれは過程であって、
常に人格を成長させているという点にあって目的に沿うている。
物怖じせずに前に進んでいこう。
あなたらしくあなたの生命を輝かせる人生を歩もう。
何に焦点を当てて生きるかが問題だ。
あなたの人生は、あなた以外の誰かにジャッジされるべきものではない。
あなたがあなたの価値観・考え方において判断していくものだ。
よりよい考え方を選択していこう。

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