人生は常に道程にあって、ゴールに待つのは死のみだ。

 人生はいつまでたっても道程なんだろうなって思う。

死という終わりというべきか、始まりというべきか、
最終ゴールに向かって歩む道程。
「この一点」という時は、「今」をおいて他にない。
辛い時も悲しい時、うれしい時も楽しい時も、
苦しい時も楽な時も、いつも一瞬一瞬が訪れ終わっていく。
常にその連関の中で進んでいくものであって、
人生の中の最終到着地点としては、死があるのみだ。
じゃあ何なのか?ってこと。
死するときまでどれだけ魂を磨けるかってことかなって思う。
魂を磨くということは、人格を形成するっていうこと。
人格っていうのは、一般的によい悪いって言われる人格を指すのではなく、
あなた自身になるということ。
あなた自身の人生をよりあなたらしく生きることができる人間になるということ。
つまり、成長していくってことだと思う。
あなたがあなたらしく生きるってことは、どういうことかって考えると、
やっぱり徳のある人間になるしかないと思う。
なんでかっていうと、人はいろいろと願望を抱き、
それを実現しようとするものだから。
願望を実現することは、実は目的ではなく過程。
願望を実現することで、いろいろなことを味合うことができる。
その体験こそが真実なんだろうな。
たくさん願望を実現していくことで、
あなたの人格はどんどん磨かれていき、魂は強くなっていく。
どれだけ自分を満たすことができるか。
その度合いが魂のレベルアップと人格の形成につながると思う。
魂を太くしていくってことだな。
自分を満たすということは、目先の欲求に支配されることとは違う。
自分を満たすためには周りの人を満たしていかないといけない。
だって、そうでしょ?
大切な人が満たされていないのに、自分だけが満たされるわけないでしょ?
大切な人が喜ぶのを見ることが自分を満たすことになるでしょ?
そうじゃない人っていないと思うわ。
じゃあ大切な人を満たすためにはどうしたらいいかって、
大切な人を大切にして、大切な人が大切な人の大切な人を満たす関わりをするってこと。
そうやって考えると、結局人はみなつながっているわけだから、
世の中を幸せにしていくことが自分にとっての幸せってつながってくる。
だから、自然と徳がついてくるんだろうなって思う。
だから、自分を満たすって、自分勝手とは正反対を意味することなんじゃないかな?
だって、自分を満たすためには、自分の大切な人を満たさなくてはいけない。
自分の大切な人が満たされるためには、
その人がその人の大切な人を満たさなくてはいけない。
そうやって大切な人をつなげていくと人類がつながる。
フェイスブックを見てごらん。
友達の友達ってどれだけいるだろう?
さらにその友達の友達の友達ってなるとどうだろう?
そこからどれほどか進んでいくときっと世界中の人がつながってしまう。
だから、本当に願望を実現していく道程というのは、
大切な人の役に立つことができる、社会の公器となることしかないだろうな。
だから、やっぱり人格を形成していくってことだろうな。
もちろん目先、目の前の人と対立したり、衝突したりすることもあるだろう。
大切にしたないように感じられる行動を選択する必要もあるだろう。
社会のためにならない行動を選択することをもって善とすることは、
社会のためにはならないからね。
でも、その人自体、本質をジャッジするのではない。
その表面に出ている選択と考え方に迎合する必要がないだけのこと。
結局、他人と過去は変えられないからだ。
だから、きちんと考え方を確立していくことは間違いなく大切だけれど、
きちんとお金を稼いでお金持ちになること、
社会的な地位を確立して影響力をつくっていくこと、
これらもとても重要なことだと思う。
なぜなら、人格の形成が目的だから。
その過程に願望の実現があり、
願望の実現のためには、大切な人たちで構成される社会の役に立たないといけないから。
そのためには、社会によい影響を与えなければいけないから、
お金や地位なんていう外面的なことも必要になってくるってこと。
少なくともあるに越したことはない。
(もちろんそうでなくても大切な人を大切にしていって、
それがつながっていけばよいから必要十分条件ってわけではない)
だから、履き違えてはいけないことっていうのは、
お金や、地位なんてものは、目的ではなくひとつの手段だってこと。
人生の目的の中の、願望を実現していく道程の中の、手段だっていうこと。
目的と道程と手段と、しっかりとわけて考えていきたい。
そして、ひとつひとつのことを、目的意識をもって捉えていきたい。
そこにどんな意義があるのか。
そこにどんな意味付をしていくのか。
あなたがあなたらしく自由に生きること。
大切な人がその人らしくいきること。
その人の大切な人が、らしく生きること。
その連関の中で、あなたの人格は磨かれる。
あなたの生き方が確立されていく。
つまるところそういうことなんだな。
生き方に正しい正しくはない。
その人らしさが、正しい答えだ。
だから、幅広く受け入れられる力がないと、
とてもじゃないけれど、人格が形成されていくことはない。
だから、器っていうのは受け入れる力だということになる。
少し複雑に聞こえるシンプルな人生の真実の話でした。

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