思いっきり甘えてみよう|人生の禁手のような本当は大切なこと

 あなたは大人になってから思いっきり誰かに甘えた経験ってありますか?

すべてを許してもらって、すべてを委ねて、何かをしてもらう経験?
多くの人が自分でしなきゃいけないと思っていて、押しつぶされそうになる経験?
誰かに頼るのではなく自分で解決しなきゃいけないと罪悪感に苛まれる経験?
たまには思いっきり誰かに甘えたっていいんじゃないかな?って思う。
あなたは「良い子」である必要なんて全くない。
少なくともあなたの親は、あなたが「良い子」だからあなたを愛しているわけではない。
あなたが「あなたである」からあなたを愛しているんだ。
だから、たとえどんな過ちを犯したとしても、
たとえどんな経験をしていたとしても、
あなたが助けを求めるならば、絶対に救いの手を差し伸べてくれるだろう。
そして、それはきっと親の願いでもある。
どんな時でも、困ったことがあったら、言っておくれな。
これは、私が息子に対して思う気持ちでもある。
だからたまには誰かに思いっきり甘えてみよう。
甘えることって悪いことのように教わった人が多いと思う。
ちゃんとしなさい、自分でなさい、甘えてはいけない。
でも、それって本当なのだろうか?
本当に甘えることはよくないことなのだろうか?
ちゃんとするって何なんだろうか?
私たちは自分一人では生きて行けず、絶えず誰かの世話になって生きているんじゃないか?
そして、甘えられたほうは、喜んでその人のために何かをしたいと思う‥
人間ってそんな暖かいものなのではないだろうか?
そう考えたならば、誰かに甘えることができないということは、
「受け取れない」ということだ。
誰かの優しさや思いやりを「受け取ることができない」ということだ。
愛を受け取ることができずに、だれかを信じることができない、
人間を信じることができずに、愛をしらないということではないだろうか?
別に甘える対象は親でなくてもよい。
配偶者でもよいだろう、恋人でもよいだろう、友人でもよいだろう。
思いっきり委ねてみてはどうだろうか?
こんなに今苦しいよ!
こんなこと考えて悩んでいるよ!
こんな状況にあって、どうしてよいかわからないよ!
そうしたら、きっとあなたを助けようとしてくれる。
人は困っている人を助けたいもの。
それは近くて大切な人であれば、あるだけ、その思いは強いはず。
だから、思いっきり甘えてみちゃいなよ。
信じてみなよ。
そんなに人間って悪いもんじゃないよ。
人って本当に暖かいものだよ。
いっぱい利己的で、いっぱい冷たいように感じるし、
裏切られたこともあるだろうし、騙されたこともあるだろうよ。
それもまた人間なんだと思う。
だって、皆完璧ではないから。
完璧な人間なんていないから。
だから、たくさん失望したり苦しんだりするけれど、
信じて委ねたら、きっとその人たちの良いところがみえて、
いつの間にかたくさんの感謝の気持ちが湧き上がってくると思う。
だから、甘えんなっていうのは、嘘だよ。
甘えりゃよいと思うよ。
甘えて、人の素晴らしさを体験したほうが絶対によいと思うよ。
人って暖かいんだ、って感じたならばきっとあなたの中に希望が生まれるよ。
甘えるなっていうのは、戒めなんだ。
どこまでも依存して、主体性を失うことへの恐れだ。
だから、禁手のように皆が教えてくれるんだ。
でもね、人ってそんなに悪くないよ。
あなたもそんなに人間できてなくないと思うよ。
依存したり、主体性をなくすほどに誰かに頼ってしまわないよ。
仮に一時的にそんなことがあったとしても、すぐに戻ると思うよ。
だから、心配はいらない。

それよりも大切なことは人を信じる心。
だれかを心底信じる心を持つこと。
だれかを信じることができたなら、
きっと人間自体を信じることができるようになるから。
人間を信じることは、自分を信じることにつながる。
逆に人間を信じられなければ、自分さえも信じられなくなる。
だから、人を信じたほうがよいよ。
だれかに思いっきり手放しで甘えて委ねたほうがよいよ。
そして、自分に甘える許可を与えなさい

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