いい加減

いい加減だなっ!
いい加減な奴!
いい加減にしろっ! 

往々にして、悪い意味で使われる、この「いい加減」という言葉。 
今日は、そんな「いい加減」な生き方のススメです(笑) 
実は、人生って「いい加減」でいいと思うのです。 
こうじゃなきゃいけない、ああじゃなきゃいけない、いいじゃなきゃいけない、ううじゃなきゃいけない・(笑)
別にいいんじゃないでしょうか?
 問題視されていることのほとんどが、大勢に影響がないことなのではないでしょうか? 
結局、~じゃなきゃいけない、というのは自分自身が決めていることなんです。 
自分で決めたことに自分が縛られて余裕をなくして、人生を楽しめなくなっては元も子もありません。
 人生はその人自身を生きることを目的としています。
 自分で決めた縛りに従って生きることが目的ではありません。 
自分を縛り制限することに意味はないわけです。 
でも、皆~じゃなきゃいけないと、まるで~じゃなきゃ生きていけないみたいに思っているんです。 
そんなことはありはしません。 
 大概のことが、対した問題じゃないんです。 
 大きな観点から見てみて下さい。 
実は、我々を構成する物質というのは、最小単位を素粒子といいます。 
いくつかの種類の素粒子がくっついて、原子を作っているわけです。 
原子て中学生の時にならった、すいへーりーべぼくのふね、って水素から始まるやつですよね。
 その原子のくっつき方で、分子の種類で物質てできているのですが、大問題なのが、この原子ってやつです。 
原子がくっついて分子を作るように、原子ていうものがある素材の性質を決めているわけです。 
例えば水。水はH2Oです。水素原子2つと酸素原子1つがくっついて水が出来ているわけです。わかりやすいですね。 
例えば、鉄。鉄はFeという原子がくっついて鉄になっているんですね。
 では、鉄Feと酸素Oを比べてみるとどうでしょう?
明らかに違いますよね? 
ところが原子まで分解してみるとほとんど違わないんです。
 誤差程度しかないんです。 
原子っているのは、中心に原子核っていう小さな核があってその周りを電子が回って構成されています。 
実は、FeとHの違いっていうのは、(原子っていうのは、原子自体を野球場とすると、バスケットボールくらいの大きさの原子核の周りを野球場の外周をハエくらいの大きさの電子が回っているようなものらしいのですが)、そのバスケットボールとハエとの距離と数が少し違う程度のことらしいのです。
 それくらい、ほとんど同じだってことなんです。 
でも、実際は、鉄と水素って全く違いますよね?? 
不思議ですね~!どういったことなんでしょう? 
こんなように、非常に身近というか、自分自身の構成要素でさえ想像を絶しているわけです。 
そんな状態ですべてのことを思う通りにできるわけないじゃないですか(笑) 
だから、そんなにこだわらなくったていいんです。 
鉄と水素だってそんなに違わないんだから(笑)
~じゃなくたってもっと、そんなに変わらないんです(笑) 
余談ですが、こだわる、こだわりって、よい意味で使われますが、実は、語源は拘泥する。
つまり泥にとらわれるとことを意味して、よい意味では使われていなかったようです。 
同じように私も提言です。 
 いい加減は、良い加減でいきましょう!

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