人生における師匠|メンターを持つという生き方

 人類の特徴として、

文字を持ったことによる知識の効率的な伝達があげられる。
私たちは、親の元に生まれ、親や社会から教育をうけて育つ。
先人たちが発見した知識を引き継ぎ、発展させていく。
これは、全体論を見ているところだ。
では、個人をを見たらどうか。
大学まで勉強をする(場合によっては、大学入るまで)
そして、卒業後は就職し、勉強することをやめる人が多い。
あるいは、資格勉強はすれど、人生や生き方について学ぶ人はいない。
結婚や、性生活について学ぶ人はいない。
だから‥
どれだけ多くの人が不幸でいることか。
どれだけ多くの人が離婚していることか。
どれだけ多くの人が夫婦関係に満たされず、欲求不満で生きていることか。
私たちはもっと多くのことを学ばなくてはいけない。
幸せになるには、前提となる知恵がある。先人が発見した知恵がある。
満たされた結婚をするには、前提となる知恵がある。先人が発見した知恵がある。
本で読むのもよいだろう、セミナーで学ぶのもよいだろう。
求めれば手法はいくらでもある。
そして、そこへの投資は絶対に無駄にはならない。
でも、もっともよい勉強方法がある。
それは、師匠・メンターを持つことだ。
あなたの人生に師匠はいますか?
YESの方は、ラッキーだ。できるだけたくさん師匠から学ぶとよい。
NOの方は、ラッキーだ。周りを見て、あなたが憧れる人を師匠にするとよい。
私もこれまでたくさんの尊敬できる人生の師と出会ってきた。
小さいときは、遊びの天才・母の弟(ユーモア)。
高校のときは、イケてる友達(ファッション)。
大学生のときは、バイト先の先輩(働き方)。
社会人になってであった、ある小さな会社の相談役(人生観)。
転職した先の社長(営業マンの在り方)。
私の保険の担当者(ビジネスとスキル)。
前の会社の取引先の社長(父とは)。
隠岐で出会った委員長(魂と思いと真っ直ぐさ、長期的観点)
皆、私が尊敬できる人たちばかりだった。
そして、ある分野において卓越した成果を作っている人たちばかりだ。
こういう出会いに恵まれたこと、心から感謝している。
でも、皆、極めて不完全な方たちだった。
この尊敬できる師匠たちは、ある分野ではものすごく秀でた方だったが、
ある分野では、バランスを欠いている部分があった。
そう、皆不完全なのだ。
師匠からすべてのことを学ぶわけではない。
その人の秀でた部分を学べばよいわけだ。
その人の足らない部分を探して、足らない部分を学ぶ必要はない。
その人の秀でた部分を見て、秀でた部分を学べばよい。
だから、あなたも不完全でよいのだ。
完全な人なんていないのだから。
マザーテレサに営業をやってもらえばよい。
きっとうまくいかないだろう。
マハトマガンジーにレスリングをやってもらえばよい。
きっとうまくいかないだろう。
イチローに事務をやってもらえばよい。
きっとうまくいかないだろう。
でも、皆努力したら人並みかそれ以上にできるようになるだろう。
少なくとも卓越した成果を発揮している人は、努力する能力があるから。
努力できるということは、あることに楽しみと意味を見出す能力のことだ。
楽しくて意味がなければ、苦行でしかなく、成果を作ることはできない。
だから、あなただって完璧でなくたってよい。
完璧な人なんていないのだから。
そして、あなたのワクワクすること、
楽しめること、意味を感じられることを探しだし取り組むとよい。
どうしてもそういったのが見つからない人は、
目の前の仕事の中に楽しさや意味を探して欲しい。
きっと、ちょっとしたことがあなたの人生や生き方を変えるきっかけとなる。

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